高野を後にし二週間程が経過せし正暦五年文月一四日、私達は今日の都へと辿り着きました。
「従五位衛門大佐柳也、只今月讀宮様をお連れ致しました」
都へ着きますと、早速柳也殿は神奈様をお連れし、内裏へと参内致しました。ちなみに私はとても内裏へと入れる身分ではないと思い、自ら内裏の外でお二人を待つことにしました。
「大儀であった……と言いたい所であるが、お主が都を経って早二ヶ月。いくら月讀様が常人より長き刻を生きられるお方とはいえ、時間が掛かり過ぎではないか!」
柳也殿の到着が余りに遅かったことに、関白殿は怒り心頭のご様子でありました。
「お主の帰りが余りに遅いから、今年の祇園祭はとうに終わってしまったぞ!」
貞観十一年清和天皇の代、今日の都に疫病が流行りし際、疫病の原因は牛頭天王の祟りだと囁かれ、牛頭天王を鎮める祭が催されました。それが後の後世まで伝えられる京の祇園祭の始まりでございました。
その後祇園祭は疫病が流行りし年に行われていましたが、天禄元年、柳也殿の弟君に当ります円融天皇の代から、毎年水無月一四日に催されるようになりました。
今日は本来の開催日から丁度一月目に当ります。恐らく関白殿は祇園祭の際、神奈様のお力をお借りすることにより、嘗てない祭にしようと算段していたのでしょう。
「そういえば祇園祭の時期はとうに過ぎたか。然るにそのような事些細な問題」
「なっ!」
「目に見えぬ神の力などたかが知れている。そのようなもので疫病を退散出来ると思うのは甚だ滑稽」
「雑兵の分際で、何だその口の聞き方は!」
柳也殿の敬意がまったくと言っていい程感じられぬご発言に、関白殿は柳也殿を罵倒する勢いで怒り出しました。
「雑兵? この我に対して臣下に過ぎぬお主がそのような口の聞き方をしていいと思っておるのか、道隆」
そう仰られますと、柳也殿は都へご到着せし時からお顔を覆われていた赤き鬼の面をお外しになられました。
「お主! 誰だ!?」
「ほう、我の顔を見て誰だか分からぬか。所詮お主にとって皇位のない親王など眼中に存在しなかったのだな」
「皇位のない親王……!?」
「まだ分からぬか? 我は村上天皇が第一皇子、広平親王!」
ガタッ!
柳也殿が自らの立場を明らかにしたことに動揺を感じてか、関白殿は腰を抜かす勢いで倒れました。
「出合え、出合え〜〜! こやつを捕らえろ〜〜!!」
関白殿は半ば恐れる心持で、柳也殿を捕らえるよう周囲に呼び掛けました。その呼び掛けにより、近衛兵が柳也殿を囲むように集まり出しました。
「ほう、捕える? この赤い鬼を?」
そう柳也殿は嘲笑するかの如く囁き、次の瞬間目にも止まらぬ早さで近衛兵を次々と攻撃し始めました。
バキバキバキバキ!!
柳也殿が元の位置に戻りし時には、既に近衛兵の構えし刀は柳也殿のお力により尽く寸断されていました。
「ひいっ!」
「鬼だ! 真の鬼だ〜!」
余りに人知を超えし柳也殿の行いに、近衛兵共はただただ恐怖するしかありませんでした。
「刀を折れるということは、首など容易く取れるということだ。分かったであろう? 何人共我を捕えることなど叶わぬと」
「……。一体、一体何が目的だ!?」
柳也殿のお力を眼前で拝見し、完全に腰を抜かした関白殿は、震える声で柳也殿に訊ねました。
「我の目的は真の民の救済。八坂神社に疫病を患いせし民を集めよ。望月の日の正午までだ」
「あ、集めてどうするつもりだ……?」
「我と神奈の力により、民を巣食う疫病を殺める」
「疫病を殺めるだと? 無理だ、そのようなこと。牛頭天王様を鎮めても疫病の勢いは衰えなかったのだぞ!?」
関白殿の言葉から察するに、祇園祭を催したものの、民から疫病を取り払うことは叶わなかったのでしょう。
「力の伴わぬ祈祷など気休めにしかならぬ。この我が自ら享受しよう。真に民を救済出来るのは祈祷などではなく、”力”だという事を」
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巻十三「兄弟和解」
「うぬぅ、先程の柳也殿の行いは真に愉快なものであった。裏葉も共に来れば良かったものの」
柳也殿と神奈様は内裏を後にし、私の元に合流されました。合流されし神奈様は、内裏で繰り広げられし攻防を、楽しいご様子でお話になりました。
「時に柳也殿。明日の正午までは何をしておるのだ?」
「とりあえず今は晴明殿の所へ顔を出そうと思う」
そう仰られし柳也殿に随行し、私達は陰陽殿へ向かいました。
「これは殿下、お帰りになられたのですね」
「久しいな、晴明殿」
晴明殿にお会いになられし柳也殿は、都へ帰って来るまでに起きし一部始終を晴明殿にお話になられました。
「そうでしたか。祐姫様が月讀姫様に仕えし四神となり、神奈様がお力をお継がれになられましたか……」
「時に晴明殿。晴明殿は柳也殿の話を聞く限り、余と同等の力が使えるようであるが、その力をどこで手に入れたのだ? 余の受け継ぎし記憶に、母君の元に身を寄せ、力を得たという記憶はない」
「はっ。私の母方の先祖は、阿弖流為の子……」
「そうか。お主が母君の力により狐へと姿を変えし阿弖流為の子の子孫か」
「阿弖流為の子孫? ということは、晴明殿の先祖は神奈の兄弟だというのか」
「うむ。腹違いではあるがな」
神奈様のお話に寄れば、神奈様の母君が阿弖流為を訊ねし時には、既に阿弖流為には妻子がいらしゃったということでした。阿弖流為は妻子がいらしゃった身であれど、蝦夷の人達にとり帝に値する神奈様の母君の命だからと、快く神奈様の父君になられたとの話でございました。
そして、朝廷との戦に破れし時、万が一に備え、阿弖流為の子を狐の姿へと変化させ、野に放ったということでした。また、狐の姿に変化させたのは、狐は稲荷神として信仰されている動物。そのような動物に人々は祟りを恐れ、容易には殺めぬだろうとの神奈様の母君のご判断だとの話でした。
「そして人間の温もりに触れた時、再び人間の姿に戻るように遺伝子を組替えて野へと放たれたのだ」
「人を狐へと変化させ、そして今一度元に戻るように仕掛けたか。やはり翼人の持ちし知識は人知を超えておるな」
「晴明殿! 冷泉院殿が物忌みに!!」
そんな時、陰陽殿に晴明殿の名を呼ぶ悲痛な声が響き渡りました。
「冷泉院……。ということは柳也殿の弟か」
「然り。腹の違うこの世で最も憎むべき弟……」
神奈様の問い掛けに柳也殿は物静かなお声で呟きました。腹は違うと言えども血の繋がりし弟。その弟がこの世で最も憎むべき人間であることは実に悲しいことでございます。
されど、冷泉院殿のご生誕が、柳也殿の東宮への道を砕きし最も大きな要因。その気持ちも分からなくもありません。私自身、神奈様がこの世で最も憎むべき人間かも知れぬと思う時がある位ですから……。
「殿下。殿下は未だ冷泉院殿を憎んでおられるのですね」
「然り。いくら刻が過ぎようとも、我が母君を悲しませ人間に対する憎しみは消えることはない。
されど、天皇への夢潰えし今となっては、憎しみも以前より柔らかくはなった。決着を着けねばならぬな。我自身の憲平に対する憎しみに」
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「ひやぁぁぁぁぁ〜〜。元方の霊が、元方の霊が朕を苦しめる〜〜。晴明殿はまだか!? まだか〜〜!?」
冷泉院の御所に近付くに連れ、冷泉院の悲鳴が聞こえて参りました。その声はとてもこの世のものとは思えぬおぞましい悲鳴でございました。
「我が祖父君の御霊に取り憑かれし憲平。ついこの間まではその様を嘲笑っていたが、憎しみが薄れし今となっては哀れなものに見えてくるな」
「安倍晴明、只今御参内致しました」
「晴明殿! 早く、早く朕を……!」
虚ろな眼差しで御所に転がり落ちるように床を這い回る冷泉院。その姿は嘗て帝であった人とは思えぬ程、余りに哀れなものでございました。
「久しいな、憲平……」
「! その声、その姿……。あ、兄君ぃぃぃぃぃ〜〜!?」
柳也殿のお姿を目にせし刹那、冷泉院の悲鳴はますますおぞましいものへと変化しました。
「ひぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ〜〜!? 元方ばかりでなく、兄君の、兄君の霊までぇぇぇ〜〜!?」
公式の記録では、柳也殿は既に薨去されたことになっております。恐らく冷泉院は、既に逝去されし柳也殿の霊が自分の前に現れたと思っているのでしょう。
「晴明殿。憲平を祖父君の御霊から解放するのは、やはり不可能なのだな?」
「はい。元方公の負の想いは余りに強烈でございます。私の力ではどうすることも……」
「ならば余が解放してみせよう」
その時、神奈様が名乗り出ました。
「神奈!」
「この者は母君は違えど柳也殿の弟。ならば余にとっても弟に当る者だ」
「憲平は我と同い年だぞ?」
「余にとっての兄君は柳也殿只一人。例え柳也殿と年が同じでもこの者は余の弟だ」
「神奈様! お止め下さい! いくら月讀力を継承せし神奈様と言えども、怨霊となられし人の御霊を抑え付けることは危険でございます!!」
「危険は百も承知だ。されど救ってやりたい。余の弟として!」
そう仰られると、神奈様は静かに舞を踊り始めました。
「迷えし御靈よ、我の體を傳いその想いを語らん……混魂我身……」
不思議な祝詞をお唱えになられし神奈様。神奈様が舞を踊りつつ祝詞をお唱えになられ始めますと、冷泉院の顔は徐々に和らいで行きました。
「憲平が安らいで行く……。祖父君の霊を解放したのか、神奈」
「おお……生きておったか。広平……」
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「か、神奈!?」
柳也殿が神奈様にお近づきになられますと、突然神奈様が柳也殿に抱き付き、翁の如き口調で泣きながら語り出しました。その様子に、柳也殿は思わず困惑為さったのでした。
「神奈様!? もしや元方公の御霊をご自身のお身体に……?」
「晴明殿、どういうことだ!?」
晴明殿の話に寄れば、月讀力を持ちし者はあらゆる生命体の魂を操ることが叶うと言います。また、晴明殿の式神、高野の四神の変身は、月讀力により生命体の魂を手懐け、思いのままに操ったものだとの話でございました。
「されど、怨霊となりし人の御霊は動物霊などとは比較にならぬ強大な御霊。そのような御霊を手懐ける所か自らの身体に取り込むのは、余りに危険でございます」
「己の死をも覚悟せし行為、という事か……」
「広平よ、この場で憲平を殺めよ。さすればお前が東宮だ……」
翁の如き口調で柳也殿に問い掛ける神奈様。それは自らのお身体をお通しになられて、元方公のお気持ちを語っておられるのでしょう。
「それは出来ませぬ」
「なっ、何故だ、広平!? お前が東宮になり、そして天皇に即位するのは儂の、祐姫の夢なのだぞ!?」
「母君は既にその夢を捨てております。我も今は東宮になる夢は見ておりませぬ。もうお捨てになられて下さい、そのような夢は!」
「捨てられぬ! 捨てられぬ!!」
その刹那神奈様は柳也殿の腰に掲げられし太刀を引き抜きました。
「祖父君、何を!?」
「広平、お前に出来ぬのなら、儂が殺める!!」
「殺めさせぬ!」
太刀を抜かせまいと、柳也殿は必死に抑え付けました。
「おおお〜〜!!」
ガスッ!
「ぐ……!」
神奈様は柳也殿の鳩尾を激しく蹴り上げました。完全に虚を突かれし柳也殿はうずくまり、その隙に太刀を奪われてしまいました。
「止めよ、元方公。そのようなことをしても誰も浮かばれぬ。憎しみで人を殺めし上には何も築けぬ!」
その時、神奈様がいつもの口調で語り始めました。今まで元方公のお気持ちを語らせ続けし神奈様でありましたが、今度の行為は余りに危険とのご判断を為さられ、元方公のお気持ちを抑えたのでしょう。
「ええい! 離せ! 離せ〜〜!!」
「何という負の感情だ! 余には最早抑え付けられぬ……!?」
「神奈様、やはり元方公の御霊を完全には抑え付けることは出来ませんでしたか……」
「憲平! 覚悟ぉぉぉ〜〜!!」
神奈様すら抑え付けられなくなった元方公は、刀を構えたまま冷泉院に斬りかかって行くのでした……。
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ザシュ!
「ぐっ……!」
「あ、兄君……!?」
「で、殿下……」
「柳也殿!?」
冷泉院へと斬りかかる元方公を抑え付けられなくなった神奈様。最早誰もが元方公の怨念を止められぬと思いし刹那、柳也殿が咄嗟に冷泉院を庇い、その一太刀を浴びました。
「神奈の言うように、禍根により人を殺めし上には何も残らぬ……。もう止めにしなければならぬのだ、このようなことは……」
ドサッ!
そう仰られ、柳也殿は静かに倒れました。
「おおお、何という事だ……。儂は、儂は己の命より大事であった己の孫をこの手で……。おおお〜〜!!」
神奈様に取り憑きし元方公は嗚咽の交じりし悲痛な声で泣き叫びました。
「元方公、分かったであろう? 恨みによって人を殺めようとする所には悲しみしか残らぬ。柳也殿は命を賭してそれを教えてくれたのだ……」
悲しみと後悔の念に駆られし元方公の御霊は、再び神奈様が抑え付けられるものとなりました。そして、その元方公の御霊に、神奈様は慰めるが如くお声をお掛けになられました。
「祖父君、分かっていただけたか……」
「広平、無事だったのか!?」
「我は力持ちし者故、あの程度の傷はすぐに治癒が叶う。されど、祖父上に分からせる為、敢えて今の今まで治癒をしないでいた。危うく逝きかける所であったが、何とか分かっていただけたな」
「力……!? もしや天皇が代々継ぐと言われる天皇力を、お前は身に付けたのか……?」
「然り」
「その力持ちし者は天皇の地位に就く資格がある者。その力を持っておるのに、何故東宮になる夢を捨てたのだ?」
「この力は受け継いだものではなく、自ら命を懸けて体得したもの。そして我も嘗てこの力を持ち東宮になろうとした!」
柳也殿は静かに語り出しました。元方公がなくなってからのご自分の処遇、そして力を手に入れ東宮になる野望の道を歩き出したことを……。
「心から憎んでいた藤原北家に野望の為偽りの忠誠を誓い、機会を待った。然るにその感思う事があった。力により天下を築きし者は、いずれ力により天下を奪われると」
今は亡き大陸の唐の国も、隋と呼ばれし国を力で滅ぼした後に築き上げたものでした。易姓革命と呼ばれし大陸の伝統的な王朝の変遷法。その概念により、この日本と違い大陸は何度も何度も王朝が代わっていきました。
柳也殿は書物を通じ大陸の歴史を学ぶことで、ご自分のお力で東宮になられたとしても、今度は自分が力で地位を取られることになる事を悟ったのでしょう。
「例え我自身が地位を守り抜いたとしても、我が亡くなりし後まで我が築きし天下が続くとは限らぬ。そう思い我は自らが永遠を生きれば良いと、月讀宮に近付いた。
然るにその後、既に我が東宮になる夢を見なくなった母君と再会した。母君が夢を見なくなったことを知ると、我は糸が切れた如くに東宮になる野望に興醒めしてしまった。
そして我が求めていた永遠もなかった。あったのは己の身を削ってまで記憶を継がねばならぬ運命を背負った、悲しき人の姿だけであった……」
「……」
柳也殿のお言葉が身に染みたのか、元方公の御霊は沈黙を続けました。
「もう良いであろう? これ以上恨みを持ち現世に留まるのは、元方公が誰よりも愛する子と孫を苦しめることになるのだぞ……」
「……」
神奈様の問い掛けに、元方公は応えませんでした。再び神奈様を征し暴れ出すような気配はありませんので、恐らくは神奈様の問い掛けに、沈黙を持って応えたのでしょう。
「元方公よ、何か柳也殿に言い残すことはあるか?」
「言い残すことか……。権力への未練がないならば、末永く平穏に生き続けてくれ。それが儂の願いだ……」
元方公の最期のお言葉。それは家族を想う人ならば、誰しもが願うありふれた願いでした。されど、怨霊となってまでも権力に固執した元方公にとって、そのような純粋な願いは今の今まで抱いたことはなかったことでしょう。
家族を想う普通の人として、元方公は天へと旅立つのでした。
「我等を護り賜し八百万神よ、願はくば地上に禍根遺せしかの者の御霊を、我が力持て無事空へと旅立たせん……。無魂大氣行……」
神奈様が厳かな雰囲気の元祝詞を唱え始めました。その祝詞により元方公の御霊は何処までも続く大気の元へと旅立って行きました。
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「あ、兄君……」
「我が祖父君の御霊は神奈の力により大気へと旅立った。もうお前を苦しませるものはおらぬ。長く生きるのだぞ、憲平」
「兄君、兄君ぃぃぃ〜〜」
ほぼ時を同じくして産まれし兄弟。この世に生まれ出た時より互いに相対し決して交わることのなかった兄弟が、ようやく和解致したのでした。
「神奈。お前のお陰で憲平が祖父君の呪縛から解放された。礼を言うぞ」
パァン!
「なっ!?」
労いの言葉を掛けながら神奈様の元へ参られた柳也殿の頬を、神奈様は思い切り叩き上げました。
「愚か者が! あのような危ない真似をして! 真に死んだらどうするのだ!!」
「何を言う神奈。ああでもしなければ祖父君は収まらなかったであろう! 何よりお前は我が力を持っているのは承知であろう!」
「力を持っているのをいいことに、自らの命を危険に晒すのは奢りも甚だしい。この馬鹿兄が!!」
「何を! お前とて祖父君を抑え切れなかったではないか! 自分自身、身の危険を顧みていなかったではないか!!」
「まだ言うか、柳也!!」
「妹の分際で兄を呼び捨てにするか、この愚妹!!」
神奈様は柳也殿の弟をお救いになる為命を懸け、柳也殿はその神奈様の為にご自分の命をお懸けになられた。どちらも相手を想うからこそ無謀とも言える行動が取れたのでしょう。
されど、そんな互いの相手の気持ちを想い取りし行動は、ただただすれ違いを見せるばかりでございました。
「本当に愚か者だ、柳也殿は! そなたが万が一亡くなったら余はどうすればいい!? 母君亡き今、余が家族と思えるのは柳也殿だけなのだぞ?
柳也殿が亡くなったら、余はまた一人なのだぞ……? もう余はこれ以上家族を失いたくはないのだ!!」
「神奈……」
神奈様の柳也殿に対する憤怒は、いつしか嗚咽へと変わっておりました。柳也殿を真の兄、真の家族だと思うからこそ、柳也殿を失いたくない余り柳也殿のご行為を声をあげてご批判為さったのでしょう。
「う、えぐっ、うぐぅ……。柳也殿、余を、余を一人にしないでくれ……」
「神奈……。すまぬ、お前の気持ちも考えず無理な行動に出て。然るに我もまた神奈を失いたくはないのだ。我はお主を生涯かけて守り通すと誓ったのだからな……」
柳也殿と神奈様、お二人を結ぶ絆は恋人の絆ではなく、兄妹の絆なのでしょう。恋人の絆と兄妹の絆。一見、恋人の絆の方が強き絆に思えます。
されど、恋人の絆は家族の絆よりは弱きもの。兄妹の絆は、言わば家族の絆。恋人の絆より強き絆で結ばれしお二人の間には、やはり私の入る余地は無いのでしょう……。
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「神奈様、実は貴方様に話しておきたいことがございます」
「それはなんだ、晴明殿? 申してみい」
「はっ。実は阿弖流為様の御霊がこの京の都にいらっしゃるのです」
「何と! 父君の、父君の御霊が!?」
晴明殿の話に寄れば、阿弖流為の御霊は延暦二一年河内の地で処刑された後、八坂神社の近くにある清水の大岩の周辺を漂っているとのことでした。
「何故京の都へ。もしや祖父君の如く恨みを持ち現世に留まっておるのか?」
「いえ、殿下。私が直に阿弖流為の御霊に聞き出した所、娘を待っていると仰られました」
「娘!? 余を待っているというのか!?」
「然り」
恨みや怨念ではなく、ご自分の娘を待つ為に現世に留まっている。晴明殿の話に寄れば、余程強き想いを持っていなければ現世に御霊を残すことは叶わないとのことでした。それだけ、阿弖流為の神奈様を待ち続ける想いは強いのでしょう。
「父君に逢える……。例え肉体はなくとも、余は御霊と会話ができる。もう逢えぬと思っていた父君に逢えるっ……」
そう仰られると、神奈様は堰を切ったかの如く泣き出しました。もう逢えぬと思っていた父に逢える。それは神奈様でなくとも、人の子ならば誰しもが涙を流さずにはいられないでしょう。
「行こう、神奈。お前の父君の元へ!」
「うむ……!」
巻十三完
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※後書き
前話の後書きで「集中的に更新する」とか言っていて、気が付いたら10月になってしまいました……(苦笑)。2ヶ月以上間が空いてしまい申し訳ありません。
こんな感じにモチベーションが下がりまくりなので、もう上記のようなことは言いません。それでも今年中には完結させたいですね。
ちなみに、前話で「後3話」とか言いましたが、今回時間がかかった割には予想より内容が濃くなり、完結にはもう一話必要です。
そんな訳でしてまだまだ終わりは見えてきませんが、年内完結を目指して頑張ります。
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巻十四へ
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